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コチロン

コチロンの歴史

コチロン
 

 

 

    

さぁ 踊りましょう!

 17世紀にフランスで誕生。初期は庶民のフォークダンスだったものが、ルイ14世の頃に宮廷ダンスとして踊られるようになり、18〜19世紀ヨーロッパからアメリカへ、更に文明開化の明治鹿鳴館舞踊として日本に登場。

 

その優雅な動作と、気品高い持続的運動が当時の女子の健康に益するところが多く、体育上、教育上良いと考えられ、旧制女学校で体育の一環として、また運動会の公開演技として、採りいれられた。第三高女時代は1年はカドリール、2年はカレドニアン、3年はランサース、4年はマズルカ、5年はコチロン・ファーストが、駒場高校初期には1年はカドリール、2年はファースト、3年はコチロンと踊りつがれた。

 

1949年秋の国民体育大会には全校生徒と卒業生が参加し、1958年の第3回アジア大会にはエキビジションプログラムに加えられ、卒業生と在校生ともに2000名のコチロンが展開された歴史を誇っている。

 

高校教育の指導要領の変更で、体育実技の時間が減らされることにより、コチロンの時間が少なくなった。、ついに1965年、運動会が生徒会が行う体育祭となり、コチロンはプログラムから消えた。

 

その後コチロンは同期会や各地の支部で踊り続けられていたが、1990年頃コチロン愛好者に松桜会が協力し、学校の生徒ホールをお借りして「コチロンを踊る会」が発足した。

 

 

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